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<<   作成日時 : 2012/04/24 13:47   >>

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 「生きている」ことで
最近いろいろと考えることが
ありました。

 先日、仲間の一人が
病気のために亡くなりました。20歳でした。
 仲間がなくなることは初めてのことで、
また急だったので、みんな、とても驚きました。

 仲間の「死」を、ほかの仲間に
どう伝えるか悩みました。
 伝えないことも一つの選択肢でしたが、
隠しきれないと思ったので、
仲間との朝の会で伝えました。
 「亡くなってもう会えないけれど、
  たくさんの思い出も残してくれたので、
  しっかりと思いだそうね」
という話をしました。

 仲間たちの様子はさまざまでした。
   しばらく、ぼう然とする仲間
   声を出して泣いている仲間
   職員に小声で確認をしている仲間
   何のことか分からない仲間
 それぞれの受け止め方で、
「死」を感じていたと思います。
 そのあと仲間と職員は、思い出を語りながら
寄せ書きを作りました。

 思い出を語っていくと泣けてもきますが、
落ち着くこともあると思います。
 お通夜の席で
「なんでみんな楽しそうにしているのだろう」と
子どものときは思っていました。
 親が亡くなった時も家族葬だったので、
静かな一夜でしたが、
今回、仲間の話をしながら
「(昔から)思い出話をしながら、
 生きている人たちは死を
 受け止めてきたのかな」
とも思いました。
 ほかの職員と話をしているときに、
「楽しい話題の通夜もあれば、
 ケンカをしているお通夜もあった」と
話していました。
 亡くなったあとのことは
気にしても仕方ありませんが、
悪口は言われない方が良いですよね。
 亡くなった人も、生き残っている人も、
「どのように生きたか」が大切なのだと
思いました。

 先週末に、「個別支援計画」についての
学習会がありました。
 学習会が終わったあとの交流会で、
「具体的な作り方について知りたかった」と
いう感想がありました。
 講師の話のなかで、
個別支援計画の様式や書き方についての
話はほとんどなかったのですが、
どのような視点を持って
(療育の場の先生なので)目の前の子どもや、
仲間に関わると良いのかという話はされていました。

 ついつい私たちは、
様式や書き方という「形」を
求めてしまいがちですが、
様式を変えても、
そのなかに仲間たちの思いが
反映されていないと、
仲間や職員にとって
辛い計画になってしまいます。
 そうならないためには、
日常での仲間との「語り」が
大切になると思います。
 普段の何気ないことばや動作から、
仲間の思いを受け止めることが
できるようになりたいと思います。
 そして、個別支援計画が、
計画のための計画(「させる−させられる」と言えるかもしれません)ではなく、
「ともに生きている」と思えるものになれば
良いなあと思います。

 もうひとつ
 今年も「平和学習」が始まりました。
 これも「生きていく」ことです。
 仲間との平和学習は、8月3日の予定ですが、
それに向けて職員の学習が始まりました。
 今年のテーマは、
あえて難しく「憲法と人権」です。
 問は「憲法と人権とは?」
 その問いに対して、
「生きていく上で、人権は大切。
 そして、それは憲法に書かれている」
くらいの答えなら考えなくても出てきます。

 でも、大切なのは、
その答えにたどり着こうとするプロセスだと思っています。
 その答え(ゴール)を求めて、
どの道を歩けばそこにたどり着けるのか(=職員グループワークのテーマを何にするか)
ということに担当者たちが悩んでいます。

 新体系への移行が終わり、
作業所での「光と風まつり」がいそがしくなる前の、
ちょっとほっとできる
この時期に病気で亡くなった彼。
 周りに気を遣う彼だったので、
この時期に
「「生きる」ということを考えね」
というメッセージだったのかもしれません。
 いつもどこかで見守りながら……

 「守るものも失うものもない」と思わせない、
また自分自身でも思わないように
生きていくことができればと思います。

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内 容 ニックネーム/日時
「生きる」事の重み
若い仲間の一人の「死」という重さ 
それは 比べられない重さかも分かりません
でも 「死」と言う重さは 「生きる」と言う
重さを知る為に存在しているのかもと思います
ですから 亡くなった事実を伝える会も お通夜も お葬式も 法事も
生きている人達が 亡くなった方の思い出を
共に語り合い 泣き 笑い 心にその思いを
沁みこませる為の 大切な 大切な おこないなので
しょうね いろいろな形で心で 受け止めた 他の
仲間達の 心の痛み 伝わってきます いつまでもおりづるの仲間だよ と思ってると思います 私もです ご冥福をお祈りしたいと思います 


お祈りしたいと思います
kunypon
2012/04/29 11:02

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